旧約時代の人は律法を守ることによって救われると認識しているようですが、ここで違う見方を示します。イスラエルの民が律法を守ったから、神様が彼らをエジプトから救われるのではなくて、エジプトから救われてから、律法を与えたのです。律法は救いの条件ではなく、神様の民として、聖潔に保つためです。
新約の今を考えてください、私たちは行いによって救われるのではなく、救われて、善い行いが望まれているのです。
旧約の時も新約の時も全く変わらないのです。神様はずっと変わらないからです。
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