よく聖書では聖別という言葉を使っていますが、例えば水を聖別する、これは水が神聖になって、病気が治るとかの力を帯びるということではありません。この水を聖別するよは、この水は神様のためだけに用いるということです。
聖職者も同じ意味で、神様のために仕えるので、聖職と呼んで、特別に偉いというわけではありません。
もう一つ、聖職者のことを先生と呼ばれるのですが、私は偉いから先生と呼ばれるのではなくて、信徒さんに教える、仕えるから、先生と呼ばれるのです。もし、教えない、仕えない聖職者がいたら、先生と呼ばなくていいと思います。
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