2025年6月15日日曜日

説教《一心同体の三位一体の神》

聖書日課:ヨハネによる福音書16:12-15 


今日は三位一体主日です、そして、父の日でもあります。世の中のすべての父親たちに神さまの祝福があり、健康と平和を与えられますようお祈り申し上げます。私は父の死をきっかけに、20年間暮らしていた日本を離れて、故郷に戻ったその年に、主イエスに出会いました。自分が今ここにいられるのは、地上の父にも天におられる父にも心から感謝しています。


私たちキリスト者は、よく神さまのことを天におられる父と呼んでいます、おそらくひげをたくわえたおじいさんのイメージをしているのではないかと思います。しかし実際、私たちの言っている天におられる父は、別に男性のことではありません、もちろん女性でもありません。神は霊ですので(4:24)、そもそも性別というものはありません。神さまを父と呼ばれているのは、単なる一種のたとえであって、それは古代の文化において、神の性質を表すのに男性の性質に最も適していたからです。


それに、神さまは天におられるだけでもありません。なぜなら、神は三位一体だからです。この三位一体の概念を理解するのは、なかなか難しいと思います。それより、三位一体の神それぞれが、私たちのためにしてくださったことを知ることの方が、よっぽど重要です。そして、今日のヨハネによる福音書から、それを知ることができるのではないかと思います。


十字架の受難を控えた前日の夜、主イエスは弟子たちに、聖霊の到来及びその働きについて、繰り返し語られました。いよいよ自分の使命を果たして、聖霊にバトンを渡す時が来ました。主イエスの使命は何だったのでしょうか?そして、聖霊は何のため来られるのでしょうか?一緒に見ていきましょう。


人が神を背いて、それが罪であって、神とを隔ててしまいました。再び神のもとに行くには、まず、罪を贖わなければなりません。主イエスがすべての人の罪を贖うために、神によってこの世界に遣わされました。これが父なる神の救いの計画です。


そして、子なる神である主イエスはこの世界に来られました。すべての人の罪を背負って、十字架の死で、その罪を贖いました。これは主イエスに与えられた使命です。それによって、人は神と和解して、神のもとへ行くことができるのです。要するに、救われることです。しかし、主イエスがすべての人の罪を贖ったという紛れもない真実である一方、主イエスを信じなければ、すなわち、主イエスが神の子であって、主であって、その死と復活を信じなければ、もはや自分には何の関係もなくて、救いも得られません。


これを理解してもらうために、例を挙げたいと思います。ここに一つのレモンがあると想像してみてください。このレモンは酸っぱいです。酸っぱくないレモンもありますが、このレモンは本当に酸っぱい、とてつもなく酸っぱいです。このレモンが酸っぱいのは事実です、しかし、このレモンをかじらなければ、酸っぱいであることは、私たちには全く関係のない、意味のないことです。主イエスを信じなければ、主イエスが自分の罪を贖ったということが、自分に関係ないのとまったく同じです。


主イエスを信じるのは、私たちの信仰です。これは本来なら、すべての人の信仰であるはずです。なぜなら、主イエスはすべての人の罪のために犠牲になられたからです。しかし、主イエスを信じるのは、全く容易なことではありません。それは、人の知恵と理性で理解して、信じることができるものではないからです。


主イエスの話、その証しを通して、主イエスを信じさせることにつながります。聖霊は主イエスのことをお教えになって(14:26)、主イエスの証しをなさるために(15:26)、神によってこの世界に遣わされました。これも父なる神の救いの計画です。


主イエスは弟子たちに、聖霊が彼らをあらゆる真理に導いてくださると告げました。その真理とは、何のことでしょう?主イエスはその前にこう言われました、「私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、誰も父のもとに行くことができない。」(14:6)その真理とは、まさに主イエスのことです。主イエスを信じれば、父なる神のもとに行くことができます、主イエスを信じれば、永遠の命が得られます。主イエスは唯一の道、命の与え主です。


そして、聖霊なる神はこの世界に来られました。主イエスを信じるように導くために来られました。聖霊はあらゆる真理に導いてくださるから、真理の霊と呼ばれています。その真理の霊は勝手に語るのではなくて、父なる神から聞いたことを語るのです。そして、父なる神のものでもある子なる神のものを受けて、これから起こることを人々にお告げになるのです。


聖霊が来られて、弟子たちを満たされました。当初、堪えられなかった弟子たちもいろんなことに堪えることができました。そして、私たちも聖霊によって、いろんなことに堪えることができるはずです。


父なる神は救いの計画をなさいました。子なる神はこの計画に従って、実際に十字架の上でこの計画を実行されました。聖霊なる神もこの計画に従って、人々を主イエスへの信仰に導かれます。こうして、個々の人に対する救いの計画の完結となります。


御父が計画し、御子が実行し、聖霊が完結させます。これは実際、世界の創造についても同じことが言えます。御父が天と地、大自然、動植物、そして人間を含むこの世界を計画されました。それらを御子によって造られました(コロ1:16)。これだけではまだ終わりではなくて、聖霊が私たちの内に宿られて、この世界で働いておられることで、生き生きとした創造の完結と言えるのです。


父と子と聖霊それぞれが果たすべき役割は異なりますが、心が一つで、同じことに向かって働いておられます。神は三位一体だけではなくて、一心同体でもあるのです。三位一体の神のそれぞれの役割、そして、私たちのためにしてくださったことを知ることで、三位一体の神への理解をより深めることができるのではないかと思います。神さまはただ遠い天におられる存在ではなくて、私たちと親しい親子関係で、私たちのために死んでくださって、私たちの内に宿ってくださる存在なのです。


聖霊の働きは二千年前から変わっておられません。聖霊が私たちの内に宿られることて、その働きは私たちを通して行われることを意識しなければなりません。それは、人々をあらゆる真理に導くのは、私たち、すなわち教会に与えれらた使命であることを意味します。


今から149年前、神さまはこの聖パウロ教会を設立されました。この149年間、聖パウロ教会を通して、働き続けてこられて、多くの人々をあらゆる真理に導きました。多くの人々を主イエスを信じさせました、多くの人々を父なる神と和解させました。そして、父なる神にも、子なる神にも栄光をもたらされました。


聖パウロ教会は創立150周年に向けて、先週からいよいよカウントダウンとなりました。これからも神のこの偉大な救いの計画に参与して、人々にあらゆる真理に導き続けなければなりません。そのためには、聖書を読むことから始めましょう。この真理をより深く知り、この真理である主イエスとより深い関係を持たなければならないからです。


神さまの偉大な計画を成し遂げるために、私たち一人ひとりに異なる賜物、いわゆる才能が与えられました。私たちは教会でさまざまな奉仕、役割を担っていますが、ぜひ三位一体の神のように、心が一つで、与えられた使命に向かって進んでいきましょう。


聖霊なる神は、子なる神である主イエスへの信仰に導いて、父なる神の救いの計画を完結させるためにこの世界に来られました。神は三位一体であることは必然です。この三位一体の神は、キリスト教だけではなくて、全人類の神です。三位一体の神に栄光を献げましょう。


聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな

全能者である神、万軍の主

かつておられ、今おられ、やがておられる方

その栄光は全地に満ちる

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