2025年9月17日水曜日

生き続けるために死ぬ

死は、残された人々に深い悲しみをもたらします。涙を流し、胸を痛め、言葉にできないほどの寂しさを覚えることもあるでしょう。しかし同時に、悲しみに暮れる人々に、命の尊さに気づかされる力強いものでもあるのです。死は決して怖いものではありません、本当に怖いのは、死の意味を理解せずに、人生を終えるのではないかと思います。


もし、死をただ終わりとしてしか捉えないのなら、日々の努力や喜びも、やがては消え去るはかないものに過ぎません。しかし、死を避けられない現実として真剣に受け止めるとき、私たちは「どう生きるか」という問いに真正面から向き合うことになるでしょう。


主イエスは言われました——「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。」(ヨハ11:25)。この約束を信じるキリスト者にとって、死は決して終わりではなく、神のもとに帰るための通過点です。絶望ではなく、希望へと変わるのです。それは、死なないという無限の延長ではありません。むしろ、死を超えて、復活という根本的な変化に希望を抱きながら、日々を意味あるものとして、永遠の命に備える生き方をするということです。そのため、キリスト者は復活、そして、永遠に生き続けるために死ぬのです。


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